三身メモ(再掲)

自性化身(rang bzhin sprul pa, rang ) natural nirmanakaya

衆生調伏化身  阿弥陀仏の土地スカーヴァティーとしての自性化身浄土の出現とは対照的に、輪廻の六道に現れる”衆生調伏化身”。 Jamgon kongtrulによると、”自性化身”は報身による投影のようなもの、そして、5つの純粋な浄土、仏身、知恵、ダルマ、そのほかの十地の菩薩に現れる要素を包含する。 至高浄土(Akanishta、仏族や仏Vairochanaの領域)、完全ジョイ(Abhirati、金剛族や仏Akshobhyaの領域)、栄光(Shrimat:特に、これは5変化身レルムを指し、宝族や仏Ratnasambhavaの領域)、至福の領域、あるいは蓮塚(極楽/ padmakuta、蓮の家族や仏阿弥陀の領域)と、最高の活動の成果(karmaprasiddhi、の領域カルマの家族や仏amoghasiddhi)。

報身 5つの仏身の一つ; 法身から揺らめかないが、この形態では、高貴な菩薩であるそれらの弟子のみに表示されます。 また化身の起因の基礎であり、マークやサインが飾られています。 報身は現実そのものの球(領域?)の光明の貯蔵です。 永続性とニヒリズムの極限を超えて、それは完璧な悟りの自発的に現在のサインやマークとして現れる、[仏の状態の]質です。

法身は自利、受用身および化身は利他に配当される。前者を「普賢」、後者を「執金剛」
三身は法身として一味である(chos kyi skur ro gcig pa)から、顕現する・顕現しないを超えているけれど も、その次元から、慈悲のエネルギー(thugs rje’i rtsal)より2つの色身が出現するので、〔それらを〕受 用身および化身と名付けるのは、結果に原因の名前を付けているのであり、太陽の光が建物に出て来た 時、屋内で太陽が昇ったと言うようなものである。 受用身そのもの(longs sku dngos)とは、法身の時の叡智の本性(rang bzhin)である輝き、自ずからの 成立の局面(lhun grub kyi cha)が源泉(’char gzhi)として存しているものである。化身そのもの(sprul sku dngos)とは、〔法身の時の叡智の〕慈悲の局面が智慧として存しているそれであるので、三身は単一不 可分である。〔中略〕 法身は本体、空、透明な叡智である。〔法身の〕遊戯(rol pa)は無分別智の大海である。受用身は本性、 輝く自ずからの成立である。〔受用身の〕遊戯は相好に飾られた5部族である。化身は慈悲、遍満する智 慧、源泉の局面(’char gzhi’i cha)である。〔化身の〕遊戯は適宜調伏しに顕現する教主である181。
これらの自性化身から、「衆生調伏化身」(’gro ba ‘dul ba sprul pa’i sku)が生じ、そ (ma dag pa sprul pa’i sku)という低次元の化身が生じることになる。

コメント

タイトルとURLをコピーしました